ミャンマー資本市場創設メンバーが語るミャンマー経済・投資の実際

ミャンマー人材の特徴と国民性(ミャンマー人の留学生・労働者を迎え入れる日本社会に求められる異文化理解)

日本のコンビニや居酒屋では、近年外国人労働者が急増している。

彼らの多くは、日本への留学生であり、学校で学びながらアルバイトで生計を成り立たせている(原則週28時間までの勤務が許されている)。

彼らの名札を見れば、「グエン」などのベトナム人の名前が付いているケースが多いことに気付く(ちなみに、ベトナム国民の名前の4割は「グエン」)。実際、統計上もベトナム人の留学生は近年増加傾向だ。

日本学生支援機構の発表によれば、2019年5月時点の日本への留学生は31万人(2012年の16万人程から既に倍増)、そのうちベトナム人は7万3千人にのぼり、中国に次いで二番目の多さだ。

ただ、このトレンドは今後変わっていくだろう。ベトナムの経済発展により一人当たり所得は向上し、ベトナム国内における学習機会や雇用環境が急速に改善する中で、日本へ留学に行く必然性が徐々に弱まっていくからである。

自信を持って言えるが、10年後にはこのベトナム人をミャンマー人が取って代わっているだろう。

<ミャンマーの日本語学習ブーム>

将来的な日本への留学生を見通す上で、日本語学習者数が先行指標として使えるかもしれない。

日本語能力試験(JLPT)を運営する国際交流基金の発表によると、2019年12月に行われたJLPT試験では、総受験者数721,916人(前年比16%増)に対して、ミャンマーは第5位となる38,558人の受験者数を有した。

第2位のベトナムは48,667人と依然ミャンマーを上回りはするものの、問題はその増加率の差だ。

ミャンマーが前年比78%の増加であるのに対して、ベトナムは16%増と全体の増加率と変わらない。この勢いが続けば早くも2020年にはミャンマーがベトナムを抜き一気に第2位に浮上し、いずれは首位の中国(158,474人)さえ捉える時代が来るかもしれない。

ミャンマー国内の日系企業への就職希望者も中にはいるだろうが、日本語を学ぶ理由の多くは、日本への留学や就労にある。多くのミャンマー人を日本社会が迎え入れる時代はそう遠くは無い未来に迫っている。

今回は、ミャンマーに住み(在住歴約7年)、現地で企業経営を行ってきた経験からミャンマー人材の特徴について、あくまでも個人的な所感ではあるが、良い面も悪い面も含めて、率直に解説していきたい。

<特徴1.とにかく真面目で親切。一方、飽きっぽい一面も>

「ビルキチ」という言葉をご存じだろうか?

最近ではあまり使われなくなったが、これは「ビルマ」(ミャンマーの旧称)を「キチガイ」のように好きな人のことを指す。

ミャンマーは終戦時まで日本の植民地下にあったが、終戦後も帰国せず、現地に残った日本兵は多かったようだ。このような人の中には、ミャンマー人の温かさに触れ、ここに骨を埋めることを選んだ人たちもいる。

現代においても、ミャンマーを訪れる多くの日本人は、わずかな滞在期間であっても、その中でミャンマー人の親切さに触れ、この国を好きになる人は多い。もちろん、食事や衛生面など、「ミャンマーの環境」が合わない人も少なくは無いが、「ミャンマー人」が合わないという日本人は滅多にいない

普段ミャンマーの人たちを見ていて心を動かされるのは、その愚直さだ。「ハングリー精神」というのとはどこか違う。与えられたことには何事にも真面目に取り組むという社会的な習慣のようなものがあるように感じる。

一方、残念な側面として、飽きが早い側面が見受けられる。真面目に始めはするが、長くは続かないことがある。

日本人の「石の上にも三年」とはいかないまでも、一つのことにじっくり腰を据えて行う気質が薄い人が多い印象だ。背景として考えられるのは、向上心の高さである。現状維持を望まず、絶えず少しでも給与の高い場所を目指す隣の芝生は常に青いものだとも信じている

例えば一部の工場勤務者等のように同じ作業を継続するのは苦手な場合が多い。これは現地に進出する日系企業の経営者の方々からもよく聞こえてくる意見と言える。

<特徴2.盗みを働かない敬虔な仏教徒。 抜群の治安の良さ。ただ、サヤ抜きは日常茶飯事>

親切心に関連した特徴として、盗みをはたらかないという点も挙げられる。

当社内においても、机の上に現金を裸で置きっぱなしにする人が見られ(盗まれるという理由以前に、そうした行動自体が望ましくは無いが)、盗まれるということについての警戒心も薄いように思われる。

ミャンマーに住む日本人の中では、現地で財布や携帯を無くしたが、結果的に戻ってきたという話はよくある。おそらく他のアジア諸国では見られない現象ではなかろうか。日本国内もこのあたりは似た傾向はあるが、むしろ昨今の日本よりもミャンマーの方が安心感が強いぐらいだろう。

ちなみに、この盗みを働かないという国民性については、ミャンマー人の宗教観から説明されることが多い。

ミャンマーは国民の9割が仏教徒であり、戒律が厳しいと言われる上座部仏教(旧 小乗仏教)である。仏教の戒律を守っているか否かはさておき、週末には半ばピクニック感覚でパゴダ(仏塔)を訪れる人も多い。

パゴダに行ってはお布施をする。相互扶助の精神が根付き、所得に占める寄付金の割合は世界で最も高い国の一つである。

宗教的な影響について言えば、人の物を盗まないだけでなく、人を物理的に傷つけることも極めて少ない

ミャンマーの軍人が暴行や虐殺を行う映画があり、或いはロヒンギャ問題を取り上げる欧米メディアの影響で、暴力的な印象を持つ人もいるかもしれないが、実際にはミャンマー人が暴力を振るうということは非常に稀だ。日本人の方がよっぽど暴力的だと思う。

例えば、夜中に外国人の女性が一人でヤンゴンの街を出歩いていたとしても(もちろん敢えて行うべき行動ではないが)、何も起こらないだろう。むしろ親切な誰かが心配して声をかけてくるかもしれない。

人の物は盗まないという好ましい特徴の一方、「ブローカー文化」が根付いているのはやや残念な側面だ。

ここで言うブローカーとは、何かを買いたい人と売りたい人の間に立ち中間マージン(サヤ)を抜きにいく人である。

ミャンマーの社会習慣の一つとさえ言えるかもしれない。盗みはいけないことだが、サヤを抜くのは当然の権利、という感覚が強いようだ。

不動産一つを見つける際にも「誰だこいつは」というようなブローカーが何処からともなく現れ、サヤを抜きにくる。日本に来るようなミャンマー人については、このようなことは起こらないであろうが、現地においては日常に見られる情景である。

<特徴3.ミャンマー人は怒りにくいのか?>

ミャンマー人の特徴として「怒りにくい」という話をよく耳にするが、これについては、正直どちらとも言い難い

そもそも日本人が怒りやすい(何事にもディマンディングな)気質を持っていることとの相対感で言えば、間違いなく「怒りにくい」人たちとは言えるかもしれない。ただ、他のアジア諸国の人と比べた際にその傾向が明らかとは言えないように思われる。

日常の中の光景としては、確かに若い人、特に立場が高く無い人が怒っていることを目にすることは滅多にない。一方、年配の方や、社会的立場の高い人が激怒している姿はよくよく見受けられ、この点については特に周辺国との違いは無さそうだ。

「怒りにくい」かどうかは微妙なところだが、「怒ったら手の付けようが無い」ということは言えるかもしれない。相手が折れても許さず、更には「復讐を果たす」という怖い一面もあるように思う。

<特徴4.謙虚さと団結力。計画を重視はしないが、最後は力技で仕上げてくる>

ミャンマー人と日本人に共通した特徴として、「自己主張を控える」という側面がある。「奥ゆかしさ」という表現が当てはまるように思うが、それが良い局面もあれば、マイナスに働くケースもあるだろう。

国民の7割が農民であるミャンマーは、典型的な農業国だ。そこには、日本と似た「村社会」がある。

村社会における共存共栄の為の必要条件は、調和を乱さないことだ。相手を立てる「謙虚さ」は平和に生きていくために長年培われてきたものだろう。

一方、日本人にも当てはまることだが、自己主張をしないというのは、時に問題を大きくしてしまう側面もある。控えめで本音を語らなかったとしても、感情が無いわけでは当然無い。感情は心の中に貯め込まれ、積もり積もった後で爆発する傾向が見られる。

他にも日本人と似たところとして、「恥」の文化を持っているように思われる。いわゆる面子というものを気にする傾向が強く、特に人前で叱られたりすると自尊心が大きく傷つけられ、修復するのは難しい。

また、村社会の名残りか否かはわからないが、ミャンマー人の持つ団結力は時に恐ろしいまでのパワーを秘めていると言える。長らく続いた軍事政権の影響により、虐げられた環境にあっても共同して立ち向かっていくというカルチャーが生まれたのかもしれない。

一方、日本人との大きな違いとして、計画に関する考え方があるだろう。

良くも悪くも世界で最も計画が大好きな民族である日本人の中には、他国の人との共同作業において計画が無いことにイラつきを覚える人は少なく無い。ミャンマー人の思考回路としては、長期の計画を立てること自体がさほど意味の無いこと、その時その時を生きていくことが大事、という感性が強いように感じる。

ミャンマーでよくある光景は、日本人が計画表を作って必死に工程管理をしようとするが、ミャンマー人が全くその通りに動いてくれず、結果的に当初の計画表が見るも無残になるという姿だ。

ただ、ミャンマー人の秀でたところは、持ち前の団結力によって、最後は何とか帳尻を合わせてくることだ。計画通り進んでいなくとも、最後は何とか形にはしてくるという特技を多くのミャンマー人が持っている。

<特徴5.親日であるかは疑問。八方美人という側面も>

ミャンマーは親日国であるという声をよく聞く。ネット上でもそうした情報をよく目にするが果たしてこれは本当であろうか。

そもそも何を根拠にして親日という判断を下しているのか、と長年疑問に感じてきているが、これまでのところ具体的な論拠を残念ながら聞いたことが無い

確かに、第二次大戦後、日本の戦後賠償に最初に応じた国はミャンマー(当時のビルマ)であって、またミャンマー国内では日本車をはじめ、様々な日本製品を目にすることは多い。ただ、これらをもってミャンマー国民が総じて日本を好意的に感じているかどうかは別問題だろう。

例えば、韓国のミャンマーに対する関与は日本に負けず劣らず近年増加傾向にあるが、韓国人に対してもミャンマー人の評価は分かれるところだ。韓国はK-popや韓流ドラマで文化を輸出しており、韓国語を勉強するミャンマー人も決して少なくは無いのが実態だ。韓国人を好きなミャンマー人も実際多い。

親日国という印象は、ミャンマーを初めて訪れる日本の旅行者やビジネスマンが抱くことが特に多い。ミャンマー人コミュニティの中に入ると、ミャンマー人は喜び、親切に迎える。ただ、ミャンマー人はこれを誰に対しても親切心でやっている。決して日本人だからやっているわけでは無いことがほとんどだろう。

見方によっては、八方美人の側面もあるかもしれない。ビジネスの場においても、目の前の相手に対して「是非、御社と」という言葉を、至るところで言う傾向があるかもしれない。ただ、これはある種のリスクヘッジから生み出されたもので、良い・悪いの話では無く、カルチャーとして受け入れるべき種のものだろう。

従って、ミャンマー人が親日家という都市伝説は、ミャンマー人側の話では無く、むしろ人を信用しやすい日本人の特徴から来ていると考える方が自然かもしれない。

<特徴6.言語能力は間違いなく高い>

私も含めて日本人の外国語能力の低さに絶望を覚えている人は多いように思う。アジアの中では2,3か国語は話せる人は決して珍しくは無く、むしろ人間というのはその程度の言語能力は本来自然に備わっているものだとすら感じさせる。

ミャンマー人においても、一定の教養がある人であれば数か国語は話せる場合が多い。例えば、日本企業に勤める少数民族出身者の中には、出身地の言語、ビルマ語、中国語、英語、日本語のように5か国語を話せるような人もいる。日本人の中で5か国語も話せる人がいれば、思わず「外務省職員の方ですか」とでも聞いてしまうだろう。

先に挙げたとおり、日本語を学習するミャンマー人は急速に増加しているが、彼らの日本語の吸収力は極めて速い。 日本語は世界の言語の中でも特に難しいと言われるが、 ミャンマー人の多くは半年から一年程度で、日常会話が出来てしまうレベルまで到達する。中学から大学まで10年も英語を勉強して、何も口から出てこない日本人は一体どうなっているのだろうか。

ミャンマー語の特徴として、日本語と語順・文法が似ており、ミャンマー人にとって日本語は学習しやすいとも言われる。文章をそのまま前から訳していけば良いという意味では、親和性が高いわけだ。ただ、文法が似ているからといって会話が出来るかどうかは全く別問題だろう。

また、ミャンマー人の日本語学習者に特徴的なのは発音の良さだ。例えば、中国人や韓国人が日本語を話す際、ある種の共通した発音の微妙な違いを感じる人も多いかと思う。ミャンマー人については、これが無いケースが多い。日本人にとっても違和感の無い日本語の発音が多いのだ。

ミャンマー語にも同様な発音があるから、との説明も受けるが、 やはり単に言語能力が高いと考えるのが自然に感じる。

<特徴7.会社に対するロイヤルティは低い?>

新型コロナの影響もあり、最近では日本社会でも「副業」が流行りつつあるが、ミャンマーは典型的な副業社会だ。同時に複数の仕事やコミュニティに属す傾向がある。日本の終身雇用のカルチャーとは正反対とも言える。

以前、日本の大学のミャンマー研究者の方から聞いた話では、これは軍事政権の影響とのことであった。明日何が起こるかわからない環境化において、複数の所得の源泉を持つことが生活の知恵として根付いてきたということである。

この結果、会社に対するロイヤルティは総じて高く無い傾向があるように思われる。一つのところに身を捧げるという考え方は存在しない。ミャンマーの若者の多くは、概ね1年から1年半程度で職場を変え続ける傾向がある。いわゆるジョブホッパーが横行している。

ちなみに、感覚的な部分が強いが、会社を辞める理由の多くは人間関係にあるものと思われる。本音を言わない傾向もあり、「家族の都合」や「新たな経験」を表面的な理由にすることは多いが、実際には社内での人間関係がこじれたケースが多そうだ。ミャンマー人は総じてメンタルが決して高いとは言えず、精神的に追い詰められた場合にはそこから迷わず離れる傾向があるように思われる。

本来、「村社会」なのであればそこから逃げ出すことは出来ないはずなのだが、そもそも会社を「村」とは認識していないということだろう。

<特徴8.目に見える分かりやすいものを重視する。目に見えないものには大きな価値を見出さない>

ミャンマー人の履歴書(CV)を見たことのある人であれば理解出来るだろうが、彼らの履歴書には「ここまで書くか」という程の資格が列挙されていることが多い。2,3日程どこかで講習を受けてきた程度の内容、およそ資格とは呼べない程度のことまで丁寧に記載されている。

上で述べた「仕事を変える頻度が高い」という現象は、ミャンマー人が「経験」というものを重視する傾向にあるからかもしれない。職歴が多いことで、様々な「経験」をしたことを証明することが出来るというわけだ。目に見えるわかりやすいものを重視する傾向がある。

日本人的な感覚で言えば、資格や職歴というのはあくまでも参考情報であって、本質的にはそれらを通じて何を得たのか、或いは次の職場でどのような貢献が出来るのか、という点が重要と考えるが、このような漠然とした、分かりづらいものはミャンマー人の感性には受け入れられ辛いわけだ。

<ミャンマー人に選んでもらえる日本社会へ>

今後一層多くのミャンマー人が日本へ来ることが予想される中で、果たして日本人はどこまでミャンマー人のことを真に迎え入れていくことが出来るだろうか。

ミャンマー人に限らずアジアからの外国人に対して、日本はどこか「来させてあげている」という意識がこれまで強かったのでは無いだろうか。

日本のビザを取得することは難しく、多くのアジアの人にとってそのハードルが高いことを日本人自身が過剰に意識してきた。或いはバブルの残像から、未だ日本が憧れの国と思い込んでいる「おめでたい日本人」も実際多い。

ただ、これは大きな勘違いだ。今後は、日本が外国人を「選ぶ」のでは無く、日本が外国人に「選ばれる」国になっていく。

その意味では、受け売りのホスピタリティや自分本位な「おもてなし」などではなく、日本に「来て頂く」という迎え入れる心構えを整えていかなければ、正に世界から取り残されていくだろう。

ミャンマー人の文化と気質を理解し、日本人の至らない点も我々自身が謙虚に受け止めることが、日緬の人材交流の要にあることは間違無いだろう。

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