ミャンマー資本市場創設メンバーが語るミャンマー経済・投資の実際

SDGsの波がミャンマーに押し寄せる(新興国におけるESG投資の実際。現実と理想の狭間でうまく立ち回った奴が勝ち残る世界)

ESG(Environment, Social, Governance)投資に向けた資金が世界中で蠢いている。

全世界のESG資産は30.7兆米ドル(2018年)にのぼり、欧州・カナダ・オーストラリアなどでは総運用資産に占めるESG資産の割合が5割程度に迫るなど、もはや短期的なトレンドや、特定の投資カテゴリーということでは無く、全ての投資、特に機関投資家によって運用がなされるプロの世界では、ESGがあらゆる投資の大前提の項目となりつつある。

新型コロナの感染拡大が金融マーケット、とりわけ中央銀行による資金供給に与えた影響は甚大だが、その陰でESGも一層力を蓄えつつある。ESGの流れは、新型コロナによって衰えるどころか、長期的にはむしろ推進力を与えつつあるようだ(関連記事:日経ビジネス)。

今後、新興国が成長に向けた資金を海外から取り込んでいく中で、この流れは決して無視出来ない。それどころか、この波にうまく飛び乗れた国やビジネスが大きく飛躍することになる世の中が来るかもしれない。ミャンマーで外資を呼び込むアドバイザリー事業(世界の潮流の視点)と共に、現地企業向けのベンチャーキャピタル事業(ローカルの実態の視点)を行う当方としては、世界的な潮流と現実とのギャップに股が割けそうになりそうだ。

<ミャンマーにおけるSDGs>

2020年6月25日、ドイツのベルテスマン財団は、毎年取りまとめているSDGs(Sustainable Development Goals)達成度指数を公表(レポート全文はこちら)。

ミャンマーは、2018年の113位から、2019年には110位、2020年には104位(世界165か国)と着実に順位を向上させている。

ちなみに周辺国ではタイの41位やマレーシアの60位あたりは、おそらくイメージ通りであろうが、ASEANの中では後進に分類される ベトナムが49位に入ることは注目だ(いずれも2020年調査報告)。アジアにおいて最も成長のモメンタムが強い国の一つであるベトナムでは、世界の投資マネーを捕捉する為に、半ば強引にSDGsが外圧によって押し上げられている構図が目に浮かぶ。

<ミャンマーにおけるESG投資の実際>

ミャンマーのファンド業界においてESGの存在感は確実に高まりつつある。

当社も加盟する投資ファンドの業界団体(MPEVCA:Myanmar Private Equity and Venture Capital Association)は現在15社で形成されるが、この中の多くのファンドは欧米にリンクした資金を拠り所としている。ESGの意識が低いと認知されれば、次のラウンドのファンドレイズ(ファンドとしての資金調達)に困窮しかねない。ラカイン問題(ロヒンギャ民族に対する人権迫害問題)についても一部の投資資金は敏感に反応してきた。欧米のメディアがラカイン問題を連日取り上げていた2017・18年頃は、人権問題を抱えるミャンマーへの投資資金は渋られる傾向が見られ、一部のPEファンドはその影響を受けた。ミャンマーのPEファンドの中にはESGの評価(スコアリング)プロセスに相当な時間を費やす事例が実際増えてきている。

一方、ローカルな現実として、多くのミャンマー企業にSDGsと声高に叫んだとしても、およそ何のこっちゃわからない概念と思われる。彼らは、自国の実態を常に目の当たりにしている。金持ちや貴族が、高尚な理想を語っている、程度にしか現状は捉えられていないだろう。だが、ESG投資マネーはそんな彼らの顔を 札束で叩いて、欧米の世界観に引きずり込みかねない。

個社名は伏せるが、近年のミャンマーのスタートアップで最も企業価値(バリュエーション)が高まった成功例は、驚くべきことに資源のリサイクルを行う企業だ。勘違いしてはいけないのは、ここで言う企業価値とは、財務数値やビジネスモデルに基づくものでは無く、その企業価値で資金を投入してくれる投資家がいるか否かによって定まる。ミャンマーにもテック系の素晴らしいスタートアップは多いが、資金調達面で最も成功しているのは、上記のように環境(E : Environment)問題ど真ん中のスタートアップであることは伝統的資本主義への挑戦のようにも映る。

<ESG投資がミャンマーへ与える意義>

世界のESG投資の資産別内訳は、上場株式(51%)と債券(36%)が大半を占める。PE(Private Equity)投資はわずか3%を占めるに過ぎない(いずれも2018年データ)。

ミャンマーでは2016年3月に証券取引所(YSX : Yangon Stock Exchange)が稼働し始めたものの、未だ上場企業数は6社に留まり、取引所全体の時価総額は484百万ドルに過ぎない (いずれも2020年6月末現在)。また、債券市場(セカンダリー市場)も存在しないことから、債券は投資家の選択肢にならない。従って、ESG投資が向かい得るのはPEファンドを通じた未公開企業への成長資金の投入に絞られる。

欧米社会のSDGs信者の方々の中には、先進国における努力には限界があることに気付いている人も多い。環境問題や児童労働問題は、先進国にも存在しはするが、途上国のように蔓延している状況には無い。同じ資金を投下するのであれば、先進国で行う改善幅よりも、途上国での改善幅が圧倒的に高くなることは誰の目にも明らかであろう。言葉を換えれば、途上国でのESG投資はコスパが高いわけだ。

ミャンマーのPE投資に一定のESG資金が入ってきているのはこうした背景も手伝っているのだろう。 しかしその反面、ESG資金が市場原理を歪めていることは明らかで、 個人的には、 少なくとも短期的な観点では市場全体へのマイナスの影響が大きいと考えている。

<ESG投資への疑問のタネ>

本来ESG投資は、定量的な財務情報に「加えて」、非財務情報を「考慮する」投資である。従って、非財務情報ありきの投資では決して無いはずだ。寄付(Donation, Grant)では無く、投資(Investment)である以上、経済的リターンが重要視されるのは大前提だろう。だが、新興国でのESG投資、正に当方が直面するミャンマーでの投資マーケットでは、非財務情報の第一義的なチェックありきで、財務情報を「考慮する」ような主従逆転の現象も目に付く。

この背景には、SDGsとは程遠いミャンマー社会の現実があるかもしれない。ESGのスコアリングが合格点を満たす企業がほとんど存在しないのであれば、むしろ合格している企業をショートリスティングした上で、経済的なリターンを得られそうな企業を選出する方が、効率的だろう。

既にどこかのファンドが資金を入れていれば、それはESGで合格点を取っている証にもなり、追随するファンドは安心感が強い。従って、ファンド資金は一部の企業に集中する傾向が生じる。ただその結果として、ファンドの経済的リターンが低くなれば、ファンドビジネスとしての存続性は失われ(ファンドマネジメントの報酬はキャピタルゲインに基づく成功報酬に依存する部分が通常高い)、詰まるところサステナビリティ(Sustainability)が保たれないわけだ。

<ミャンマーでのESG投資の無理筋>

児童労働問題について言えば、ミャンマーは 2020年6月、国際労働機関 (ILO : International Labour Organization) が定める最低年齢協定(Minimum Age Convention 138)に調印し、最低労働年齢は14才となり、18才以下の危険な作業を伴う労働についても禁止されることに「一応は」なった。

2019年11月のミャンマー政府発表によれば、5歳から17歳までの児童人口1,240万人のうち、児童労働者は42万人とされているが、実態はこんなものでは無いだろう。 ミャンマー各地では工場や農地において子どもは重要な労働力として扱われている。 ヤンゴンのレストランを見回しても、そこら中で十代前半と思われる子どもたちが配膳を行っている。

ただ一方で、このような 児童の労働対価が多くの家計を支えていることも事実だ。また、教育制度の課題の存在により学校に行きたくてもいけない多くの子どもたちもいる。こうした中、雇用を行う企業だけをイジメてみたところで(或いは差別してみたところで)社会的な問題解決には何ら至らないだろう。

女性活躍社会の文脈で言えば、欧米社会、或いは日本も含めて伝統的に形成されてきた社会的価値観や気付きを、民政移管後10年も経たないミャンマーの文脈に当て込むのは無理筋だろう。ミャンマーの現状は、日本の戦後と類似している部分が見られるが(一人あたりGDPや平均年齢)、戦後の日本の企業社会において一体如何ほどの女性取締役がいたというのだろうか。

ミャンマー企業社会でも経営陣(Directors)に男性が圧倒的に多いことは事実だが、例えば、ミャンマーの会計士(CPA)には圧倒的に女性が多い。これは今に始まったことでは無く、会計を学ぶのは女性が伝統的に主流だ。会計の世界で男性の視点、云々など聞いたことも無い。当社の会計スタッフも8人全てが女性で、これは伝統的な役割形成の中で生み出されたものだろう。

最近ではフェミニストというよりも、個人的には「ダイバーシティ至上主義者」と呼んでいるが、多様化こそが健全なガバナンスや企業倫理を生み出すという考え方に若干の疑問を持つ。多様化によって生まれる意思決定の遅延化などのマイナスの側面が軽視されているようにも思われるからだ。ミャンマーの文脈で言えば、元来135の民族が集まる多様化した社会が建国以来形成されているが、この多民族国家であることが内戦の発生や軍の政治介入の要因となっている部分もあり、更にはそれらが長期にわたる経済的な低迷に繋がった。

ESG投資は、このような社会的成り立ち或いは文化人類学的背景に対して、一体どのような回答を持ち合わせているのだろうかと思う。 更に言えば、そのような投資の先に一体どのような社会を思い描いているのだろうかと思う。

企業経営者の観点からすれば、ESGが求める理想社会と途上国における実態の乖離を冷静に見つめ、うまく立ち回れることが益々重要となってくるだろう。資本主義が世界を覆い被す中で、ESGが歪める市場原理(或いは新たな市場の価値観)を見据えつつ、この波に乗っていくことを考えることこそが最も健全なのかもしれない。

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