ミャンマー経済の現状(2020年9月現在、新型コロナによるミャンマー経済への影響は長期化する可能性)
ミャンマーでの新型コロナウィルスの感染は、2020年3月23日に初めて確認された。海外から帰国(米国及び英国)した2名から発見されたことを受けて、3月末には国際空港が閉鎖され、実質的な海外との行き来を制限する措置が取られた(ANAの直行便は5月13日まで例外的に許可)。
人的な鎖国状態のミャンマー国内においては、現地当局による厳格な管理(5名以上の集会の禁止や店内飲食の禁止等)或いは地域毎のロックダウンでの封じ込め策により、その後感染拡大は落ち着きを見せたように思われた。実際、市中感染は長らく抑え込まれる状況が続いた。特に6月から7月にかけては平穏な日常が訪れ、国内経済はあたかもコロナ前の活況を取り戻したかに見えた。街は再び渋滞で混雑し、バーは若者で溢れていた。
しかし、8月下旬に第二波が来襲 (8月27日に76名の感染が確認) したことで、足元では再び厳戒モードが敷かれ、市場は俄然混迷を極めてきている。もはや短期的な感染の封じ込みはコントロール不能な状況に陥ってきている。
縫製業や観光業(旅行会社・航空会社・ホテル等)から始まった経済への影響は、その後幅広い分野に広がりを見せつつある。 ミャンマーのGDP成長率は、2018-19年度の6.8%成長から、2019-20年度には0.5%以下への落ち込みが予想されている(世界銀行、2020年8月現在)。 今後の展開によっては、仮にコロナが早期に終息したとしても、短期的な回復が見通せない程の爪痕を残す可能性が生じつつある状況とさえ言える。コロナ禍の中、必死に生き長らえてきた国内事業者に対して第二波が最後の止め(トドメ)を刺す事例も今後増えてくるだろう。
<データで見るコロナの影響>
2020年8月、世界銀行は新型コロナによるミャンマー企業経済への影響に関する調査レポートを公表した(原文はこちら)。調査は5月中旬から6月初頭に行われており、第二波の影響は織り込まれていないにも関わらず、ミャンマー国内企業の困窮した姿が浮き彫りとなっている。
調査対象は、ミャンマー各地の中小零細から大企業に至るまで全500社に対して行われた。全体像として、コロナにより売上減少が生じた事業体は全体の83%に上っている。
本調査の中で特に衝撃的であったのは、全体の27%が3か月の事業継続にさえ自信を持てないという回答があったことだ(Not confident they will be in business in 3 months time)。既に当該調査から3か月が経過している現在、果たしてその中で実際にどれほどの事業者が休廃止に追い込まれたのかは定かでは無いが、状況としては第二波の到来により当時よりも現状更に悪化していることは間違い無い。
また、調査結果の中で、全体の51%の企業が資金不足に陥っていた点も注目したい(experienced cash flow shortages)。日本では、資金繰り計画は経営者としての必須科目とすら言えるが、殊ミャンマーにおいては、国民性として将来に対する計画を作ることが習慣として薄い。私自身これまで多くのミャンマー企業を見てきたが、資金繰り計画表をまともに作成している企業などほぼ皆無に等しいとさえ言える。
計画も無く短期で資金を回すことを続けてきた中での現金の流入停止は、即事業の休止或いは廃止を意味する。一度シャットダウンした事業を再開するのは決して容易では無く、コロナ前のミャンマー経済を取り戻すには相応の時間がかかると見るのが順当だろう。
<ミャンマー政府の取り組みとその限界>
ロックダウン下での国内事業者からの悲鳴を受けて、ミャンマー政府としては、2020年4月に新型コロナによる経済悪化に対応する為の包括的な経済対策プラン(CERP : COVID-19 Economic Relief Plan)をまとめてきた(詳細はこちら)。
ただ、従来より財政余力の乏しいミャンマー政府としては、無い袖は振れないのも事実だ。日本において行われた定額給付金(一般国民向け)や持続化給付金(事業者向け)のような幅広く、かつ手厚い支援策は、ミャンマーでの実施は出来なかった。ミャンマー政府がコロナ対策費用として支出した金額は2020年9月10日時点で、1.9兆チャット(14.3億米ドル)に過ぎず、これはGDP対比で2.0%に留まる(日本では第1次、第2次補正予算による財政支出は58兆円で、GDP比1割を上回る)。CERPにおける支援策の目玉として、事業者向けの低利融資策が導入されたものの(期間1年で年利1%)、その効果は実際極めて限定的と言わざるを得ない。
一方、ミャンマー経済への影響にかかる別の側面として、生活物資や製造機械の多くを輸入に頼る構造が維持される中、海外需要の影響による輸出の減少によって、貿易収支はダイレクトに影響を受けている。IMFの推計によれば、2019-20年度の第二四半期(2020年1月-3月)における貿易赤字は15億米ドル程度に上り、前年度(2018-19年度)まで収支均衡ラインに近づいていたものが一転して大幅な赤字に逆戻りしてしまった。4-6月期及び7-9月期においてもこの構造はおそらく大きく変わってはいないだろう。足もとミャンマーチャットは米ドルに対して強く推移しているが、中長期的にはチャット安要因が増しており、輸入物価の上昇に伴う国内消費の減退と言ったリスクも抱える状況となってきている。
<雇用へ与える影響>
感染拡大時期が比較的早かった欧州の経済悪化を受けて、欧州向けの輸出に頼るミャンマーの縫製業(輸出の45%はEU向け)は真っ先に影響を受けた。2020年4月初頭の段階で既に、縫製工場の相次ぐ閉鎖による解雇は社会問題化していた。 ミャンマー縫製業者協会によれば、欧州からの2020年春物衣料品の受注は、昨年比約75%減少と壊滅的な影響を及ぼしている。
また、国際労働機関(ILO: International Labor Organization)が2020年7月に公表したレポートでは、労働者数が多い「農業等(1,019万人)」や「卸・小売(413万人)」における失業者の発生リスクは「中」と位置付けられ、第二波の影響により今後大量の失業者が発生する事態も想像に難くない。
また下の表の通り、特にミャンマー経済の成長を牽引することが期待されている「製造業」のリスクが最も高く位置付けられていることは、ミャンマー経済の将来性に対して致命的なダメージを与える可能性すら否定できない。
‐各業種別の雇用への影響にかかるリスクアセスメント表(Risk assessment of COVID-19 economic disruption and baseline employment by sector)‐ :Source(ILO、2020年7月)
業種 | 雇用への影響リスク | 労働者数 |
金融・保険 | 低 | 20.5万人 |
教育 | 低 | 57.4万人 |
医療 | 低 | 7.3万人 |
鉱業・採石 | 低 | 16.2万人 |
政府・軍 | 低 | 17.8万人 |
公共サービス | 低 | 5.4万人 |
不動産 | 低‐中 | 30.0万人 |
交通・通信 | 中 | 131.0万人 |
余暇サービス | 中 | 44.9万人 |
建設 | 中 | 123.7万人 |
農業・林業・漁業 | 中 | 1,018.7万人 |
卸売・小売 | 中 | 412.5万人 |
ホテル・飲食 | 中 | 20.5万人 |
製造業 | 中‐高 | 237.8万人 |
<コロナが変え得るミャンマーのアナログ文化>
コロナによる経済への負の影響は以上のように枚挙にいとまがないが、プラスの側面にも目を向けておきたい。ここでは期待も込めて3つのポイントを取り上げていく。
1.国民的なアナログ文化の是正
先進国のように国民生活におけるデジタル化の割合が高い国と異なり、ミャンマーでは依然としてアナログで回っている割合が高い。携帯電話の普及率は近年100%を超えた一方、その活用は多くの場合Facebook内で留まっており、国民のITリテラシーが全般に高まっている状況とは言い難い。公共機関によらず、銀行や事業会社においても紙をベースに記録を残す慣習は根強い。
しかし、ここへ来て変化の兆しが見える。先に挙げたCERP(経済対策プラン)においても、ミャンマー政府はデジタル化(Digitalization)を強力に推進していく立場を明確にしている。
例えば感染拡大の元凶とも囁かれている汚れきった「紙幣」をオンラインペイメントに切り替える動きは急速に広がっている。業界関係者の話によれば、ミャンマー国内のキャッシュレス化決済の割合は、コロナ前の5%程度から、既に10%程度まで増加してきているようだ。近年のミャンマー経済の牽引力ともなっていた通信セクターに続いて、今後は金融業界(フィンテック)において大きな恩恵を受ける可能性がある。
金融の他にも、ミャンマーにおいて特に課題が大きいセクターが医療(Healthcare)と教育(Education)であった。これら分野においても、オンライン化が国民の中で浸透することで、暮らし向きの向上や、経済全体の生産性が増加することが期待される。
一方、労働者の職場環境も変化していくだろう。世界銀行の調査では、現状全体の6%しかリモートワークへの移行(started or increased remote work arrangement for its workforce)が出来ていない状況ではあるが、オフィスワーカーについては、第二波を受けてリモートワークが恒常化していく兆しも見られる。渋滞の激しいミャンマー都心部での事業の効率化に確実に寄与するだろう。
2.ニューエコノミーへの移管と企業淘汰
長らく続いた軍事政権化で形成された経済構造により、ミャンマーでは90年代から続くオールドエコノミーが実権を握る状況は、岩盤のように固く存在してきた。ただ、上記の通り国民意識が変わっていく中で、 旧態依然とした事業体質のオールドエコノミーは 重たい固定費を抱える一方、変化に対応出来ず、今後体力を消耗していくことが見込まれる。
国民全体のITリテラシーの向上は確実にニューエコノミーには追い風となる。足もと1,2年で見るとミャンマーのスタートアップは停滞気味にあったが、コロナ後を見据えて、今後新たなアントレプレナーの登場がニューエコノミーの牽引に繋がっていくことが予想され、オールドエコノミーを部分的には駆逐していくだろう。ミャンマーバブルやラストフロンティアの幻想で入ってきた外国投資(FDI)の中でも、真に現地社会に必要なものだけが残り、そうで無いものは撤退を余儀なくされる。淘汰が進んでいくことは、中長期的にはプラスの側面も認められるだろう。
3.事業者環境の改善
2020年9月現在、ヤンゴンの商業施設やオフィスビルはテナントスペースの空きで溢れかえっている。日本の地方都市の商店街を彷彿させるレベルだ。2014年頃より続く建設ブームにより供給は留まることが無かった一方、需要が伸びない状況が続いてきたが、コロナはそこへ追い打ちをかけるように正に不動産市況に泣きっ面に蜂の状況を作り出した。
非合理的とまで言えるヤンゴンの不動産価格の高騰は、進出する事業者の最大の悩みの一つでもあった。今後、オフィス・住居・商業スペース・ホテル等あらゆる不動産価格の下落が一層見込まれる中、事業者にとっては収支構造を成り立たせやすい環境が来るものと予想され、新たな進出を後押しするだろう。
また、コロナ禍において俄然問題視されているのが、ミャンマーで従前より残る「一年間の家賃前払い」の慣習だ。一年分を既に受け取っている中で、不動産オーナーとしては、ロックダウンがあったとしても家賃の減免(返金等)に応じないケースが多く見られる。ミャンマーのテナントは総じて立場的に弱い状況にあった。事業を諦めようにも、家賃が返って来ない中では止めるに止めれない。逆に、更新をする際の意思決定にも障害になる。先行き不透明な中で、一年間の家賃を先払いすることのリスクは高く、事業継続に二の足を踏む事例も増えている。機動的な経営意思決定の支障となり、経済全体の新陳代謝を阻害しているとさえ言える。
コロナによる経済構造のリシャッフルにより、このようなある種の悪習が見直される契機となる可能性は十分あるだろう。
災い転じて、事業環境にとっての福となることを期待したい。
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