ミャンマー資本市場創設メンバーが語るミャンマー経済・投資の実際

ミャンマー政府が新型コロナ対応経済プラン(CERP:COVID-19 Economic Relief Plan)を公表

2020年4月27日、ミャンマー政府は、感染拡大が広がる新型コロナへの経済対応として、COVID-19 Economic Relief Plan(CERP)を公表。現地の企業経営者は概ねミャンマー政府の前向きな対応を好意的に見ているようだ。一方、政府の財政余力が乏しい中で出来る対応は限定的と捉える向きもある。

CERPの冒頭挨拶において、 アウン・サン・スー・チー国家顧問はこのプランによりミャンマー経済悪化への影響を軽減すると共に、景気回復に向けた基盤を築いていくことを図るとしている。

果たしてどの程度のインパクトが期待できるのか。ここではCERPの個別項目を取り上げながら解説していきたい。

【CERPの構成】

CERPは、7つの目的、10の戦略、36の行動計画、76の実施策によって構成されている。また、個別実施策には、実施の時期と対応省庁が明記されている。

大項目である7つの目的は、以下の通り。

1つの目的に対して、基本的に1つの戦略(Strategy)が付随しているが、2.の「投資・貿易・銀行セクターの改善による民間部門の負担軽減策」については4つの戦略を打出し、特にこの分野についてのフォーカスが色濃い。

  1. 金融刺激策によるマクロ環境の改善策( Improve Macroeconomic Environment through Monetary Stimulus) 5つの行動計画、6つの実施策
  2. 投資・貿易・銀行セクターの改善による民間部門の負担軽減策(Ease the Impact on the Private Sector through Improvements to Investment, Trade & Banking Sectors) 15の行動計画、36の実施策
  3. 労働者の負担軽減策(Easing the Impact on Labourers & Workers) 2つの行動計画、3つの実施策
  4. 家計に対する負担軽減策(Easing the Impact on Households) 3つの行動計画、6つの実施策
  5. 画期的な商品やプラットフォームの促進策(Promoting Innovative Products & Platforms ) 2つの行動計画、6つの実施策
  6. ヘルスケア分野の強化策(Healthcare Systems Strengthening) 6つの行動計画、16の実施策
  7. COVID19への対応資金の強化策(Increase Access to COVID-19 Response Financing (Including Contingency Funds)  3つの行動計画、4つの実施策

【金融政策のポイント】

金融政策の実施については、1. 金融刺激策によるマクロ環境の改善策( Improve Macroeconomic Environment through Monetary Stimulus) に言及がある。本目的の達成に向けては、ミャンマー中央銀行(CBM:Central Bank of Myanmar)が中心的な役割を果たす。

ここでの主な施策は、以下の3点。

(1)政策金利の引き下げ(10%→7%)

(2)最低準備金比率の引き下げ(150bp)

(3)中銀ファイナンスの拡充

そもそも論として、政府発表の施策の中に何故中銀による対応策が出ているのか、という突っ込みはある(ミャンマーでも2013年の中銀法の改正によりCBMの独立性は担保されている)が、金融政策は即効性が高い為全体の中での相対的な効果は高いと言えよう。

(1)の政策金利の引き下げについては、既に別ページで詳細を解説しているのでここでは割愛する。

(2)は、市中銀行がCBMに対して預け入れる準備金の比率をこれまでの5.0%から1.5%分引き下げる(結果3.5%になる)施策であり、銀行の手元資金の柔軟性が改善することが期待される。

(3)は、中銀ファイナンスをより柔軟に許容するものである。ミャンマーは財政収支赤字国であり、赤字分の補填として、T-Bill(短期証券)とT-Bond(国債)の発行を行っている。従前より、T-Billは中銀が引き受けており、T-Bondは市中消化(主に銀行や保険会社が保有)してきた。

今回の措置では、COVID-19による財政負担に対応する形で、T-Billの発行による中銀引受を増額する一方、T-Bondの発行は当面減額することが謳われている。

上記により、マネーサプライが増えることは確かであろうが、一方、チャット安に向かうリスクは高まる。貿易収支が大幅に赤字であり、日常の必要物資の多くを輸入に依存するミャンマーにおいて、チャット安はインフレリスクを高めることにもつながる。果たして一般市民の生活に対してプラスとマイナスのどちらの要因が高く機能するかを見通すことは容易では無いだろう。

【民間部門の負担軽減策】

民間部門に対する施策は多岐に渡るがここでは、重要な行動計画として以下の5つを取り上げる。

(1)低金利ローン(Low-Cost Funds)の提供

既にミャンマー政府は、COVID-19による打撃の大きい縫製や観光業等に対して、年利1%の融資を1年間提供することを発表していた(3月29日)。総額は1,000億チャット(約77億円)であり、運転資金に充当することが前提とされている。5月2日までに1,600件以上の申請があった模様であり、当初の1,000億チャット分については瞬間蒸発したと考えられる。

CERPでは、2020年末までに融資規模を当初の1,000億チャットから、最大で5,000億チャットまで増額することを計画している。コロナ問題が収まりつつある今日このごろ、有耶無耶にされそうな匂いは漂っている。

(2)銀行借入れに対する政府保証(50%保証)

日本ではコロナにより売上減少が生じた中小企業の資金繰り支援のために、政府支援の融資の拡充が進んでいる。債務の80%~100%を信用保証協会の保証料無しで、無利子で借入れが可能なセーフティネット4号・5号等の支援策が注目されている。

CERPでは、銀行からの運転資金目的の新規借入れについて50%の政府保証を付与する。2020年末までの実施が見込まれている。

但し、本施策の実効性について言えば、金利に対する政府援助は無く、また50%の割合は低すぎであり(銀行にとっては50%分のリスクは残る)、実際の貸出しに結びつくのかは極めて怪しいだろう。

(3)MEBとMADBの統合

政府系銀行の統合の話は今に始めった事ではない。2011年の民政移管以降、経営改善が進まない非効率な政府系銀行間に、統合の話は幾度となく生じてきた。特に、ミャンマー経済銀行(MEB : Myanma Economic Bank)とミャンマー投資商業銀行(MICB : Myanma Investment and Commercial Bank)の統合計画などが注目された時期もある。日本における政策投資銀行に類似した機能を担わせる案も議論されてきたようだ。(政府系銀行の生い立ちについては、こちらを参照)

近年では、MEBとミャンマー農業銀行(MADB : Myanma Agriculture Development Bank)が統合される計画が本格始動し、CERPでは、両行の統合を2020年末迄に実現することが意図されている。

そもそも論として、政府(MOPFI)の部門に過ぎない国有銀行(株式会社化Corporatizationもされていない)、かつ不良債権の巣窟でもある両行を合併させることの合理性が理解出来ないが、CERPでは統合により民間への資金供給は高まるとしている。この施策については、CERPに「とりあえず入れてみた」感が強い。

(4)納税時期の繰延べ

税務関連については、納税時期の延期と減免措置の2つが挙げられている。

従前3月末或いは6月末までに支払いを要していた法人所得税、及び商業税について納税時期を9月末に延期することとした。

一方、減免措置については輸出時の源泉徴収が免除されることが注目される。

ミャンマーでは、全ての輸入・輸出について2%の法人税を先払い(AIT : Advance Income Tax)し、年度末に法人申告所得と相殺させる運用を行っている。CERPでは、2%のAITを免除することとしている。

また、合わせて特定の医療機器・用品の輸入について関税や商業税を免除する措置も速やかに実行することとされている。

(5)銀行セクターの負担軽減

銀行セクターについては、2つの施策が盛り込まれている。

1つ目は、民間銀行の財務健全化に向けた規制強化策の期限を3年間延期することとした点だ。この点についてはこちらの記事の下の方に記載しているのでそちらを参照願いたい。

もう一つは、不良債権処理策であり、今回のCERPの中でも最も目新しさを感じたポイントだ。

本計画では、銀行が保有する不良債権(NPL : Non-Performing Loan)を新設する資産管理会社(Asset Management Company)に移管することとしており、可及的速やかに実行するとある。

コロナ以前の問題として、ミャンマーの現地銀行による杜撰な貸付の蓄積による不良債権問題は、時限爆弾と見られてきた。 証券取引上の枠組みも伴わない中で、ファンド創設の実現性は低いと見ざるを得ない。随分と「ぶっこんできた」という感覚は拭えない。ただ、仮に実行に移されるとすればミャンマー経済へ与える影響は無視できない。ファンド資金の出し手、移管価格、債権回収策等、何ら見えない中で、民間銀行のモラルハザードを助長しかねない点でも注目が必要だ。

【その他の注目ポイント】

(1)E-Commerceの推進

ミャンマーのテックスタートアップにとって前向きな話として、モバイル決済やe-Commerceが推進される点が挙げられている。CERPの中に個別具体策は見えないが、ミャンマー政府によるコミットメントとして政府自体がモバイル決済を活用していくことが謳われている。モバイル関連のスタートアップにとっては追い風になることが期待される。

(2)政府予算の再配分

コロナ対応のための財政負担が高まる中で、ミャンマー政府は2019年度(2019年10月~2020年9月)において予定されていた各省庁の予算を最大で10%削減することとした。削減された資金を上述の民間企業向けの貸付けや医療用品の輸入等に充てるものと想定される。

【総括】

上記の他にも、医療体制の拡充策や社会保障費の減免等の施策も盛り込まれているが、経済全体への波及効果が高くは無いと見込まれる為ここでは取り上げなかった。また、理念は良いが、具体策に全くイメージがつかないものも敢えて無視した。

実効性が疑わしいと思われる施策は多い一方、ミャンマーの財政状況上、自ずと限界があるのもまた事実である。 ミャンマーの対GDP比の一般歳入比率は15.8%(2018年:世界銀行)に過ぎず、日本や米国の半分程度の比率に過ぎない。

以上を総括するに、財政基盤が脆弱な中にあっても、「やれることはやろうよ」という意思は感じられる内容である。次回総選挙に向けて、現政権としても最後の追い込みをかけてくるであろうことから、経済の巻き返しに今後も期待したい。

関連記事 : ミャンマーの金利事情に激変(コロナ対応で政策金利を3度の連続利下げ。ミャンマー経済へ与える影響は?) 2020年5月4日投稿

関連記事 : ミャンマーの銀行(銀行業界の歴史及び現地銀行の状況) 2017年12月3日投稿

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