ミャンマー資本市場創設メンバーが語るミャンマー経済・投資の実際

ミャンマー軍事クーデターの最新情報を現地から配信(着地点の見えない闘争へ)

※ 本記事は、2021年2月5日(金)ミャンマー時間13時に執筆しています。

※ クーデター発生日より、毎晩Clubhouseにて音声での情報発信を行っています(@myanshin)。多くの方にお聴き頂き誠にありがとうございます。ミャンマーの現実を知って頂きたいという、信念に基づいてお届けしています。

※ 発生日からの時系列、2月1日(月)2月2日(火)2月3日(水)2月4日(木)の記事も合わせてご覧ください。

軍事クーデター発生から5日目、ヤンゴンの街並みの平穏さ人々の中で湧き上がる怒りのギャップがあまりにも奇妙であり、嵐の前の静けさを感じる。

若者、特に学生を中心に既に大規模な抗議活動に向けた動きが水面下で進行している模様である一方、国軍側はデモの発生は想定内ということで鎮圧に向けて内部では一部発砲の許可が出ている模様だ。ミャンマー国内からFacebookへのアクセスは依然遮断されたままであるが、毎晩8時に行われる街中に音を鳴り響かせる抗議活動により人々の怒りは全土にわたって共鳴しているかのようだ。

今後、国民の怒りは明確な形になって表に出てくることは避けられず、それは単に時間の問題だろう。大規模デモの発生とそれを鎮圧する治安部隊との衝撃的な映像が世界に発信されることで、ミャンマーを取り巻く国際情勢が更に緊迫化していくことが強く懸念される。

<2007年のサフラン革命との比較>

今後激化が予想される国民による反軍政デモを見通す上で、直近に起きた2007年のサフラン革命(Saffron Revolution)との比較を整理しておきたい。

サフラン革命とは、2007年8月に軍政が燃料価格の大幅な引き上げ等を発端として生じた反政府活動家と国軍との衝突である。

ミャンマーは典型的な仏教国(上座部仏教)であり、国民の9割は仏教徒であるが、当時の抗議活動は次第に仏教の僧侶を巻き込み、何千もの僧侶が抗議活動に加わった。 そのため僧侶の衣の色からサフラン革命と呼ばれることとなった。 多数の僧侶の逮捕、またデモ隊への発砲などの強硬手段が行使され、デモは暴力的に鎮圧された。当時も今回と同様にインターネット回線の遮断が行われていたようだ。

また、サフラン革命では日本人ジャーナリスト長井健司氏が抗議デモの鎮圧を撮影中に国軍兵士に銃撃されたことで、日本でも大きく報道された。

近い将来に生じるであろうミャンマー国内の抗議活動及び国軍武装勢力との衝突は、個人的にはおそらくサフラン革命の規模を上回る可能性があると思われる。

理由は3点。

1点目は、国民の軍政への「慣れ」が当時と今では大きく異なる点だ。民政移管から10年が経つ2021年の現在、国民、特に若い世代では軍政に対する慣れが無い。 多くの国民が過去10年間の民主化(前半の5年は限定された民主化ではあったが)を味わった後での、軍政による強硬策だ。2007年にはそれまで多くの人が民主化を知らない状態、すなわち人によっては諦めもあった状態であっただろう。例えるなら、今の怒りのレベルが当時も今回も同じ「10」に達しているとしても、その前の状態が当時は「7」であった一方、今回は「1~2」ぐらいからスタートしていると考えることが出来る。要は発射台が異なるという点である。したがって、その歪みが外れた時に生じるマグニチュードは明らかに今回の方が大きくなるだろう。

2点目は、国民の軍政への「恐れ」が当時よりも薄れてきている点だ。特に若い世代を中心に、軍部の恐ろしさを実感として肌身に感じておらず、過激な行動に安易に出やすい環境が生じてきている可能性がある。2007年当時は、それ以前から続く長く続いた軍政による横暴な、時に残虐非道な行動を国民は見ており、実際にデモに参加するにあたって、そうした恐怖感が頭を過ったことだろう。今回については、「感情的な怒り」が「薄れつつある恐怖感」を容易に上回ることが見込まれる。

最後に3点目は、抗議をする層が国民の大多数に及ぶ点だ。2007年当時は仏教僧を中心とした一部の層による抗議活動に留まっていた。長らく続いた軍政への反発心が国民の中に積もり積もった中、僧侶の行動に乗じて一部の人がそこへ参加したという傾向が強かったと考えられる。一方、今回は軍政が武力によって政権奪取をしたということで、多くのミャンマー国民が望んできた民主化が無残にも踏み躙られた。その範囲は老若男女、かつ全土に亘っている。また、ミャンマー国民のカリスマである、アウンサンスーチーは、2007年当時は既に自宅軟禁を受けている状態であったが、今回は拘束され、無線機の違法輸入という意味不明な罪で逮捕・勾留したということで、反発する国民の層は2007年より圧倒的に幅広いことが想定される。

<キリンビールが軍との合弁解消を発表>

3日(水)から当社も通常の全員出社勤務に戻したが、ビジネス面での影響を徐々に耳にするようになってきた。

本日2月5日、キリンホールディングスは今回の軍事クーデターを受けて、ミャンマー国軍関連企業との合弁事業を解消することを公表した。

キリンは2015年に、ミャンマーでは誰もが日常的に見かけるミャンマービールを製造するMyanmar Breweryに対して51%を出資(当初55%、その後51%に減少)。合弁相手は、主に国軍退役軍人の年金システムに活用されているMEH(Myanmar Economic Holding)であり、今回のクーデター発生以前より、ロヒンギャ問題を受けた国際的な圧力が高まる中で、キリンはミャンマー事業への関与につき様々な対応を行ってきていた。

今回のクーデターによる国際的な軍への批難、またミャンマー国内でも市民による軍製品の不買運動が広がりつつある中、経済的な意味合いでも合弁事業を継続することが難しいことが見込まれていた。今回のキリンの迅速な決断は事態の深刻さを伺わせる。

<着地点はどこか>

現地関係者(ミャンマー人・現地外国人共に)の中に悲観論が強まりつつあるのは事実だ。暫定軍事政権は1年後の総選挙を謳ってはいるものの、実際に正当な選挙を行う限り、その結果は火を見るよりも明らかだろう。アウンサンスーチー国家顧問の逮捕劇を受けて、彼女がたとえ刑務所に入っていたとしても、国民民主連盟(NLD)の圧勝は揺るがない。が、軍の行動を見る限り、選挙を行ってNLD大勝による政権移譲というシナリオがすんなり起こると考える人は現地では少ない。軍からすれば面目丸つぶれとなりかねないわけで、それほど容易に想像できることが今回のクーデターの前に想定出来ていないわけがない。

したがって、国軍はNLDが何らかの理由で内部分裂を起こすまで、或いは軍に近い政党が勢力を獲得するまで、政権を長期にわたって掌握し続けるリスクも当然あるだろう。それは場合によっては5-10年単位の話になるかもしれない。

一方、短期終結シナリオとしては従前から指摘している通り、軍内部による再度のクーデターだ。NLDと呼応した国軍内部関係者が、現司令部に対するクーデターを起こし、NLDの政権奪取と、NLDに親和的な国軍が誕生し、更に欲を言えば憲法改正まで突き進むというシナリオだ。 今のところ、この説を唱えているのは私一人の可能性もあり、確かに確率は極めて低いかもしれない。

もちろん、今回のクーデターの経緯を見る限り、軍の統率力には一切の乱れ、隙が無い。NLD最高幹部の他、400人にものぼる国会議員の一斉拘束、通信の遮断、国境の警備強化等が、ほぼ同時に瞬間的に行われ、その後、新政権樹立に向けた対応が矢継ぎ早に出てきたことを見る限り、また、これらの計画にかかる情報が事前に一切外部流出をしなかったことを見ても、その統率力は揺るぎ無い。したがって、軍内部での不穏分子のあぶり出しは、既に実行済みの上で計画実行に至っている可能性は高そうだ。

そうは言っても、どのような形であれ短期収束シナリオを期待せずにはいられない。国民の怒りが現役の軍人のみならず、退役軍人及びその家族にも及ぶ中、軍の内部でも上層部に対する反発が醸成されているだろう。そのような軍内部の突き上げが、二段階クーデターに結びつくという大どんでん返しもありえるかもしれない。

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