ミャンマー情勢の最新情報 Vol.21(内戦激化の可能性)
※ 本記事は、2021年3月7日(日)ミャンマー時間12時半に執筆しています。
※ クーデター発生日よりClubhouseにて音声での情報発信を行っています(@myanshin)。ネット回線遮断時はご容赦下さい。ミャンマーの今を知って頂きたいという「信念」に基づいてお届けしています。
※ 企業向けに情勢分析レポートも別途承ります(info@tvpmyanmar.com)。現地ビジネス展開にかかる方針・シナリオ設計、合弁解消、資産売却、事業撤退手続き等幅広くご支援が可能です。
※ 発生日からの時系列、2月1日(月)、2月2日(火)、2月3日(水)、2月4日(木)、2月5日(金)、2月8日(月)、2月9日(火)、2月10日(水)、2月11日(木)、2月12日(金)、2月14日(日)、2月16日(火)、2月17日(水)、2月19日(金)、2月21日(日)、2月22日(月)、2月23日(火)、2月25日(木)、2月28日(日)、3月4日(木)の記事も合わせてご覧ください。
目覚めと共に携帯に手を伸ばし、SNSの未読に目を通す。
情勢悪化により多くの人が都市部を離れる為、昨晩も主要道路は渋滞になったようだ。夜8時から朝4時までの外出禁止令が続く中、夕方のうちに人目に付かないところまで多くの人が避難したのだろう。
メッセージを返信しようとしたところで、ようやくネット遮断を思い出す。ミャンマー全土での深夜1時から朝9時までのネット遮断は依然継続している。
こんな状態が新たな日常になりつつある中、窓の外にはいつも通りの穏やかなヤンゴンの朝がある。そのギャップが未だ実感として湧かない。
この数日、現地社会で飛び交う噂は、その量及び多様性共にこれまで以上となってきている感がある。おそらく一定の事実も含まれていようが、誤った伝聞、希望的観測、或いは意図的に流されたフェイクニュースにかき乱され、精神的な余裕が無い中で思考停止に陥りかねない。
例えば、昨日私の知り合いのミャンマー人は「国連軍が近く投入される」ということを自信を持って言っていたが当然そのような事実は何ら無いはずだ。3月5日に行われた国連安保理の緊急会合では中国・ロシアとの溝が埋まらず、開催を呼びかけた英国が議長声明の採択の可能性を探っている状況に過ぎない。
「戒厳令(Martial Law)が発動される」という話が2,3日前より広く伝わっているが、そもそも部分的な戒厳令(5名以上の集会禁止、夜間外出禁止)は2月8日に発動され、その後ヤンゴン・マンダレーを含む幅広い地域に拡大されている。仮に日中を含めて一切の外出を出来ないようにするにしても、既に多くの商業店が休業されている中で外出の目的は限られている。デモに参加している時点で既出の戒厳令等に抵触している。また、経済活動を止めようとしているのは、むしろ不服従運動(CDM)を行っている市民側のはずだ。いずれにせよ一つ一つの情報を冷静さを持って、その意味合いや影響を咀嚼することが強く求められている。
本日、3月7日(日)のデモは再び大規模化することが見込まれている。また明日3月8日(月)から10日間は連邦議会代表委員会(CRPH)の呼び掛けにより不服従運動(CDM)が一層徹底されるとの「噂」もある。既に「機能不全」に陥っている政府部門が「機能停止」に発展し、停滞する物流・金融機能が現地市民生活に与える影響は着実に増していくだろう。
<米国による追加経済制裁>
3月3日(水)の国軍側の残虐行動によりミャンマー全土で38名(国連発表)の死者を出したことを受けて、3月4日(木)米商務省(Commerce Department)は追加の経済制裁を発動。
ミャンマー国軍が憲法上直轄している国防省、内務省の2省庁に加え、国軍系の企業2社(MEHL : Myanmar Economic Holding Limited 及び MEC : Myanmar Economic Corporation)に対する輸出制限の措置を追加。米国から該当組織への技術や製品の流れを断つものだ。2月11日(個人10名、企業3社)及び18日(個人2名)の米財務省による国軍関係者等への制裁に上乗せした形だ。
商務省による制裁発表前に国務省のプライス(Ned Price)報道官は、「引き続き国際社会と協働で国軍に責任を取らせていく。米国からの追加的な措置を科す(“We will continue, as I said, to work with the international community to take meaningful action against those responsible, there will be additional action on the part of the United States”)」ことに言及。
今回の措置は商務省による制裁であるが、今後財務省によって個人・法人に対する個別指定(SDN : Specially Designated Nationals)は追加されていくことが見込まれる。また、可能性は高くは無いと思われるが、ドル決済の禁止、すなわちドル経済圏からの追放措置を行うかどうかが今後の注目点となるだろう。
<米国による軍事行動の可能性は?>
軍事クーデター発生から約1か月、米軍による軍事行動の可能性はほぼゼロ、というのがこれまでの私の見方であった。しかし、依然決して高い確率では無いもののわずかながら”無くは無い”というスタンスに傾き始めてきた。クーデターについては発生前に確率は5%程度と事前言及していたが、今回は更に確率は低いと考える。もちろん地上軍の投入については限りなくゼロに近く、あくまでも部分的な空爆等が行われる可能性に過ぎない。
そのわずかな確率にかかる補足情報を念のため紹介したい。
きっかけは3月3日(水)に行われた米国のロイド・オースティン国防長官(Secretary of Defense Lloyd J. Austin III)とシンガポールのウン・エンヘン国防大臣(Minister of Defence Ng Eng Hen) との電話会談だ。
どこのメディアにも特段取り上げられる事の無かった、読み飛ばされても何らおかしくない会談内容だろう(米国防省のリリースはこちら)。ここで多少のバイアスをもって、敢えて内容を深読みしたい。
会談上、オースティン国防長官は「シンガポールが米軍に対して周辺地域へのアクセスを許可することへの感謝」を表明している(”Secretary Austin expressed appreciation for the regional access Singapore provides to U.S. forces”)。これは、米軍に対してシンガポールの施設利用を許容することを確認していると読み取れる。
また、両国は「米軍の配置と”テロ対策”における一層の連携」を確認(”both leaders expressed interest in further collaboration on U.S. force posture and counterterrorism“)とある。
敢えて前後の文脈に結びつけて考えれば、3月1日(月)付でNLD議員が中心となって結成した連邦議会代表委員会(CRPH)がミャンマー国軍を「テロ組織(Terrorist Group)」と指定したことは記憶に新しい。上記の「テロ対策(”Counterterrorism’)」とはミャンマー国軍を意識した表現と読むのであれば、2月5日に行われたNLD議員による独自の「就任宣誓(Parliamentary Oaths)」に米国の外交官が立ち会っていたことが更なる補足情報として活きるかもしれない。「テロ」という表現を米国とCRPHが共有している可能性はあるだろう。
3月2日(火)には非公式のASEAN外相会議が開催。インドネシアのレトノ(Retno Marsudi)外相は事前に中国の王毅(Wang Yi)外相と電話会議を行い、中国としての協力(”Hoped that China would support it“)を要請していたことも広く知られている。 米国としてはASEANに対する中国の影響力拡大を懸念していることは想像に難くない。
その翌日、3月3日(水)に上記の米国・シンガポール間の電話会談に至っている。両国の国防トップが、何故このタイミングで会談したのだろうか。
単に時系列を整理する目的ではあるが、3月4日(木)付でシンガポール外務省はミャンマーにいる自国民に対して「可能な限り早くミャンマーを離れる検討をすべき(”Singaporeans currently in Myanmar should… consider leaving as soon as they can by commercial means while it is still possible to do so“)」と働きかけている。単にシンガポールがいち早く自国民保護に動き出している程度の報道しか見られないが、場合によっては前日の電話会談を踏まえての対応という可能性はゼロでは無いだろう。
自分で提起しておきながら言うのも何だが、この手の話は「そう言われれば、そういう読み方も出来る」という程度で良い。ただ、少なくとも米国の動向には今後一層注視していく必要はあるかもしれない。
<カレン民族同盟(KNU)の動向>
米国の軍事行動の可能性は頭の片隅に置いておく程度で良いと考えるが、より強い現実的な懸念はミャンマー国内の内戦だ。ミャンマーでは1948年の独立以降、内戦が継続している為、内戦の「発生」では無く「激化」という表現がふさわしいかもしれない。国民やCRPHに呼応した少数民族武装勢力が国軍への攻勢を強める可能性だ。
注視したいのはカイン州(旧 カレン州)の動向だ。
カイン州には、 タイ国境付近のコートレイ(Kawthoolei)に本部を持ちミャンマー最大規模の反政府組織であるカレン民族同盟(KNU : Karen National Union)がある。KNUの軍事部門としては、カレン民族解放軍(KNLA : Karen National Liberation Army)が武装勢力として位置付けられている。KNLAはミャンマーが英国からの独立を果たした1948年の直後、49年から中央政府との軍事衝突を継続してきた。
KNU/KNLAは、テインセイン(Thein Sein)政権時代の2012年1月には国軍との停戦協定(Bilateral Ceasefire)に合意。その後、2015年10月には全土停戦協定(NCA : Nationwide Ceasefire Agreement)に参加していた。
しかし、今般のクーデター後、KNUは「過去9年間の国軍との停戦において政治的な合意は実現されなかった(” The KNU’s ceasefire agreement with the Myanmar government was signed nine years ago. No political agreement has materialised till now“)」ことを挙げ、国軍が樹立した国家統治評議会(SAC : State Administration Council)による国家運営を認めない立場を明確にしていた。
KNUは同時に「CRPHによる2008年憲法の再開に向けた動きを許容することも無い(“We also would not accept any moves towards reactivating the 2008 Constitution by the CRPH, a body of the elected MPs who were prevented from forming the new parliament by the February coup“)との立場を「先週までは」取っていた。そうした中、今般CRPHとKNUが協定を締結したとの情報があり(原文未確認)、CRPHが少数民族武装勢力に協働を呼びかける動きが加速していく可能性があるだろう。
現に、3月2日のMyanmar Nowの報道によれば、ミャンマー国軍兵士12名が脱走しKNUに参加した模様だが、KNUである必然性があったのかが重要だろう。これまで、不服従運動(CDM)に参加する警察官の辞任、或いは隣国インドに逃げ込んだ警察官(少なくとも19名)等は生じてきたが、軍からの離脱は今回が初めてと思われる。
ちなみに、 3月3日にYoutubeに流れた「KNU/KNLAはミャンマー軍との交戦準備完了(”KNU/KNLA is ready to fight against Myanmar Amy”)」、(3/8追記:また、3月8日の「KNU/KNLAの兵士は戦闘に向けて準備(”KNU KNLA Soldier Prepare for fighting”)」)の映像も気になるところだ。
<CRPHによる政策ビジョンが発表>
連邦議会代表委員会(CRPH : Committee Representing Phyidaungsu Hluttaw)による3月5日の声明は2つの重要なポイントがあると考えている。
1つ目は、「CRPHが政治的ビジョン実現の為、全ての少数民族と協働していく(”CRPH(Union Parliament) Solemnly takes an oath that we will steadfastly work hand-in-hand with all ethnic nationalities and strive for the full realization of aforementioned political vision”)」としている点だ。単に「全ての国民」と表現していないところが、上記の少数民族武装勢力への呼びかけと掛け合わされている可能性があり得るかもしれない。
2つ目は更に重要で、CRPHは軍事独裁を完全に排除する為(”eliminate the military dictatorship once and for all”)、「現行憲法を廃止し、連邦制に基づく新たな憲法を起草する(”to rescind the 2008 Constitution and write a new Constitution based on the federal system”)」としている点だ。
国軍は現行憲法を遵守する立場を明確にし、非常事態宣言終結後は現行憲法に基づく総選挙を開催することとしてきた。選挙が行われれば国民民主連盟(NLD)等の民主化勢力が大勝することが明らかとは見られてきたものの、CRPHが憲法廃止を明確化させたことで、国軍側が影響力を維持した形での民政移管の道筋は崩れ始めたと見ることが出来るだろう。
この記事へのコメントはありません。